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歴史さんぽコース
洲崎(すさき)
江戸時代は「深川洲崎十万坪」と呼ばれる景勝地でしたが、明治以降は東京を代表する巨大遊郭(のちの赤線地帯・洲崎パラダイス)として栄えました。
洲崎・木場 / 約2.7km / 約55分
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歩く順番
【自動入力】洲崎神社は、江東区木場にある神社で、公式由緒では元禄13年(1700)の創建とされています。5代将軍徳川綱吉の生母・桂昌院の守本尊だった弁財天を祀るため、江戸城紅葉山からこの洲崎の地へ移したことに始まると伝わります。洲崎は元禄期に埋め立てられた海辺の景勝地で、江戸名所として日の出や海辺の眺望が知られました。明治の神仏分離で洲崎神社と改称され、現在も木場・洲崎地域の歴史を伝える社です。
【自動入力】洲崎橋跡地の碑は、かつて江東区東陽周辺を流れた洲崎川と、そこに架かっていた洲崎橋を記念する碑です。洲崎川は現在の洲崎緑道公園などに姿を変えており、橋も水路の埋め立てによって失われました。周辺の洲崎は元禄期の埋立地で、江戸名所の海辺から、明治以降は洲崎遊廓を含む市街地へ変化しました。碑は、現在の道路や緑道の下に水路と橋があったことを示し、深川南部の水辺の変遷を伝えます。
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行き止まり
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行き止まり
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南西橋(洲崎南水門)
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南東橋
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【自動入力】洲崎遊廓追善供養歌碑は、昭和6年(1931)の年銘を持つ江東区登録の歴史資料です。江東区はこの碑を「洲崎遊廓追善供養歌碑」として文化財一覧に掲載しています。洲崎遊廓は明治期に根津から移転して成立した遊廓で、東陽一丁目周辺の地域史と深く関わります。供養歌碑は、華やかな歓楽地として語られがちな洲崎の裏側に、そこで亡くなった人々を追善する記憶があったことを示す資料です。個人墓ではないため、碑の由来と地域史を説明する対象です。
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深川量水塔
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謎の鉄骨
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