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歴史さんぽコース

★本郷歴史散歩★

本郷 / 約4km / 約80分

地図を読み込み中です。

歩く順番

1

かねやすびる

かねやすビル

【自動入力】かねやすビルは、本郷三丁目交差点にある老舗「かねやす」の名を継ぐ建物です。江戸時代、享保の大火後に町奉行大岡忠相が防火のため土蔵造・塗屋を奨励した際、「本郷もかねやすまでは江戸の内」と川柳に詠まれたことで知られます。かねやすは歯磨き粉を商った店として名高く、本郷が江戸市中の北限を示す目印として語られた歴史を伝えます。

赤門は、東京大学本郷キャンパスに残る旧加賀藩前田家上屋敷の御守殿門です。文政10年(1827年)、加賀藩主前田斉泰が徳川家斉の娘溶姫を正室に迎えた際に建てられました。朱塗りの門は、将軍家の娘を迎えた大名家の格式を示す建築で、国の重要文化財に指定されています。東京大学の象徴として知られますが、本来は江戸の大名屋敷の門であり、本郷キャンパスが加賀藩邸跡であることを最も分かりやすく伝える遺構です。

3

とうだいせいもん

東大正門

東京大学本郷キャンパスの正門は、1912年に建築家・伊東忠太の設計で建てられた花崗岩造りの門です。冠木門を基調とした重厚な意匠で、本郷通りに面して大学の正面を形づくっています。

左右対称に配置された煉瓦塀や門衛所とともに国の登録有形文化財となっており、門をくぐると安田講堂へ続く銀杏並木が伸びています。赤門と並ぶ、東京大学本郷キャンパスを代表する景観の一つです。

4

工学部前広場

5

とうきょうだいがくやすだこうどう

東京大学安田講堂

安田講堂は、安田財閥の創始者・安田善次郎の寄付により建設され、1925年に完成した東京大学本郷キャンパスの象徴です。正式名称は大講堂で、内田祥三と岸田日出刀が設計しました。時計塔とスクラッチタイル張りを特徴とする「内田ゴシック」の代表的建築で、国の登録有形文化財です。

1968年からの東大紛争では学生らに占拠され、1969年1月に約8500人の機動隊が封鎖を解除した安田講堂事件の舞台となりました。その後改修され、現在は入学式や卒業式、講演会などに使われています。

6

いくとくえんしんじいけさんしろういけ

育徳園心字池 (三四郎池)

三四郎池の正式名称は「育徳園心字池」で、江戸時代に加賀藩前田家の屋敷内へ築かれた回遊式庭園「育徳園」の中心をなす池です。武蔵野台地の谷地形と湧水を生かして造られ、上空から見ると「心」の字に似ることから心字池と呼ばれました。

夏目漱石の小説『三四郎』で、主人公と美禰子が出会う場面に登場したことから、三四郎池の名で親しまれています。現在も木々に囲まれ、野鳥や昆虫が見られる本郷キャンパスの貴重な自然環境となっています。

7

総合図書館

8

いくとくどう

育徳堂

育徳堂は、1935年に東京帝国大学総長も務めた内田祥三の設計で建てられた木造建築です。戦後、元総長の矢内原忠雄によって「育徳堂」と命名されました。

この一帯には江戸時代、加賀藩前田家の上屋敷と大名庭園「育徳園」があり、現在の三四郎池周辺にその名残が残ります。育徳堂の名称も、この育徳園に由来しています。安田講堂などを設計した内田祥三による、東京大学を代表する歴史的建造物の一つです。

鉄門は、東京大学医学部の象徴的な名称として使われる門の記憶です。東京大学医学部の前身は、神田お玉ヶ池種痘所、西洋医学所、医学校などを経て発展しました。鉄門の名は、医学部の同窓会「鉄門倶楽部」や医学部関係者の呼称にも受け継がれ、近代日本の医学教育が幕末の種痘・西洋医学導入から大学医学部へ発展したことを伝えます。

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りんしょういん

臨済宗妙心寺派天澤山麟祥院

臨済宗妙心寺派天澤山麟祥院

【自動入力】臨済宗妙心寺派天澤山麟祥院は、文京区湯島にある寺院で、三代将軍徳川家光の乳母春日局の菩提寺です。春日局は家光の将軍就任を支え、大奥の制度形成にも大きく関わりました。没後に麟祥院殿と号したことから寺名が付けられたとされ、境内には春日局の墓があります。湯島周辺には寺社や学問所が集まり、麟祥院はその中で将軍家、大奥、女性の政治的役割を考える手がかりとなる寺院です。

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にほんきりすときょうだんほんごうちゅうおうきょうかい

日本基督教団本郷中央教会

【自動入力】日本基督教団本郷中央教会は、文京区本郷にあるプロテスタント教会です。本郷は明治以降、東京大学や学校、出版社が集まった文教地区で、キリスト教会も教育・文化と結びつきながら地域に根づきました。教会堂は本郷通りに近い都市教会として、近代以降の本郷におけるキリスト教信仰と地域活動を伝える場所です。

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ほんみょうじあととめいれきのたいか

本妙寺跡と明暦の大火

【自動入力】本妙寺跡と明暦の大火は、江戸最大級の火災である明暦の大火に関わる史跡です。明暦3年(1657年)の大火は江戸市中を広範囲に焼き、死者も多数出ました。火元については本妙寺に関わる振袖火事の伝承が知られますが、史実としては諸説があります。大火後、江戸では道路拡幅、火除地の設定、寺社移転、両国橋架橋など都市改造が進みました。この跡は、災害が江戸の都市構造を大きく変える契機になったことを伝えます。

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きゅういせやしちてん

旧伊勢屋質店

旧伊勢屋質店

【自動入力】旧伊勢屋質店は、文京区本郷菊坂に残る質店建築です。明治の小説家樋口一葉が生活に困った時期に通った店として知られ、店舗、見世蔵、土蔵などが保存されています。質店は、庶民が生活費を工面するために衣類や道具を預ける金融機関の役割を持ちました。旧伊勢屋質店は、一葉の文学を生んだ貧しい生活環境と、明治の町の経済を具体的に伝えます。本郷菊坂の路地や旧居跡と合わせて、一葉の生活圏をたどることができます。

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ひぐちいちようきゅうきょあと

樋口一葉旧居跡

【自動入力】樋口一葉旧居跡は、明治期の小説家樋口一葉が暮らした本郷菊坂の旧居跡です。一葉は短い生涯の中で『たけくらべ』『にごりえ』『十三夜』などを発表し、近代文学に大きな足跡を残しました。菊坂周辺での貧しい生活、路地、井戸、質店との関わりは、一葉の作品世界を考えるうえで重要です。現在も周辺には狭い路地や井戸が残り、明治の庶民生活の空気を想像できます。旧居跡は、文学作品と実際の生活の場所を結びつける史跡です。

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ぶんきょうふるさとれきしかん

文京ふるさと歴史館

文京ふるさと歴史館

【自動入力】文京ふるさと歴史館は、文京区の歴史と文化を紹介する区立博物館です。展示では、江戸時代の武家地や寺町、明治以降の学校・出版社・文学者の町、近代の暮らしなどを扱います。文京区は坂と台地の地形、加賀藩邸や水戸藩邸などの大名屋敷、東京大学をはじめとする教育機関、森鴎外や樋口一葉ゆかりの文学史が重なる地域です。歴史館は、区内に点在する史跡を歩く前後に、全体像を整理できる拠点です。

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